こんばんは。こめりです🍙
実家の方ではお盆に入りまして。
実家に寄りつつ、お墓参りに行ってきた。
暑すぎてお花や榊がすぐダメになりそう。
母と一緒に自分の祖父と祖母が眠るお墓と、
自分の祖母と祖父替わりだった、
ご近所のお家のお墓に手を合わせてきた。
祖父と祖母は私が生まれた時には、
既に他界していて遺影でしか顔を見たことがない。
そんな私の祖父と祖母は隣の家の、
おじいちゃんとおばあちゃんだった。
よくお菓子や畑で育った野菜を貰ったり、
お家で図々しくもごろごろさせて貰ったり。
うちの庭は狭いので、
そのお家の庭で自転車をやらせて貰ったり。
自転車が乗れるようになったのも、
広々したお隣の庭があったからこそ。
「こめりは先生に向いてそうだなあ」
以前の記事で触れたことがある気もするけれど、
私が保育士になろうと思ったきっかけは、
そのおじいちゃんの言葉だった。
当時小学校5年生くらいだったか。
何をどうしておじいちゃんがその言葉を
私にむけてくれたのかは覚えていないが、
畑でトマトを食べていた私に
そう言ってくれたことだけは鮮明に覚えている。
同級生よりも低学年の子どもと
関わっていることの方が好きだった。
頼ってくれて慕ってくれることが嬉しかった。
今思えばこの頃から既に、
「必要とされたい」と渇望があったのかもしれない。
保育園で働く先生にはならなかったけど、
保育の勉強をしながら人生で
一番楽しかった学生時代を送れたことや、
子どもと関わる仕事ができたのは、
おじいちゃんの一言があったからだと思っている。
お盆になると、
おばあちゃんが生前に
胡瓜と茄子で牛と馬を
作ってきてくれたことを思い出す。
胡瓜と茄子に爪楊枝を刺したもの。
子どもの頃はただ面白がっていただけで、
意味も分かっていなかったけれど。
ご先祖様を迎えにいき、再び送るため。
お盆を迎えた今、
地元で生きていた御先祖様たちは
還ってきているんだろうか。
もし今回ひとりでお墓参りに行っていたら、
私は墓石の前で泣いていたと思う。
「情けない子孫でごめん」と。
「なんでこんなに社会不適合者なんだろう」とか。
でも、きっとそんなこと思っているのは自分だけで。
どん底状態の私でも見守ってくれているだろう。
今は胸張って「元気でやってるよ」とは言い難い。
せいぜい「何とか生きてる」くらいの報告しか
できないし泣き言もたくさん出てくる。
でもまた笑って近況を報告できる日まで、
もう少しだけあがいてみようと思う。

しんどい日々の中、
テーブルヤシの新芽が
生えてくれたことが最近の嬉しかったこと。
成長って嬉しい。

今日も一日お疲れさまでした。
連日とてつもない暑さですね。
今日という日を無事に乗り切ってくれた、
自分自身をたくさん労い拍手を👏🏻
今夜もどうか楽な夜でありますように。
おやすみなさい。

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